今もなお聴かれ続ける不朽の名曲──杏里「悲しみがとまらない」ライナーノーツ
皆さんこんにちは。音文学管理人の池ちゃんです。かつて学生だった頃、80年代のシティポップにドハマりして、暫くシティポップしか聴かない時期がありました。懐かしいサウンドではあるのですが、現代でも通用できる音源が多くとてもいい影響があった事を思い出しています。さて、今回はそんな80年代シティポップ黄金期の不朽の名曲「悲しみがとまらない」のライナーノーツをお送りしたいと思います。それでは参りましょう。
ちなみに前回はネクライトーキーさんの「オシャレ大作戦」について解説しています。宜しければ併せてご一読ください。記事はこちらから。
目次
杏里さん「悲しみがとまらない」ライナーノーツ
はじめに:名曲が宿す”永遠の孤独感”
1983年にリリースされた杏里さんの「悲しみがとまらない(I CAN’T STOP THE LONELINESS)」は、40年以上経った今でも多くの音楽ファンの心をとらえて離しません。角松敏生さんによるプロデュース、さらにバックミュージックは当時の日本の音楽業界を支える豪華なアーティストたちが参加していますが、何よりこの楽曲が愛され続ける理由は、その切なさと洗練が完璧に調和しているからではないでしょうか。
都会的なサウンド、リズムに溶けるようなボーカル、そしてストレートで胸に突き刺さる歌詞。これらが三位一体となって、恋に傷ついた人々の心に今もなお寄り添い続けています。
楽曲背景と制作陣
シティポップの絶頂期に生まれた”感情の叫び”
「悲しみがとまらない」は杏里さんの14枚目のシングルとして1983年11月に発売されました。作詞は康珍化さん、作曲は林哲司さん、プロデューサーは角松敏生さんが担当しました。80年代の日本おける”シティポップ”というジャンルが確立され、最も勢いのあった時代に生まれたこの楽曲は、都会的な洗練さと感情のむき出しという一見矛盾する要素を見事に両立させています。
角松敏生さんの手腕が光る洗練されたサウンドメイキングと、杏里さんの透明感のあるボーカルの組み合わせは、それまでの歌謡曲とも洋楽とも違う、新しいポップスの可能性を日本に示しました。
制作当時の時代背景(予想です)
これは個人的な感想となりますが、当時の音楽業界では、アイドル歌謡とは別のベクトルで”都会のリアリズム”を描くアーティストが増えていたのではないかと思います。山下達郎さんなどが次々とヒット作を出していたはずです。杏里さんもその別のベクトルを目指していたひとりであり、本作は杏里さん本人のキャリアにとっても大きな転機になったんじゃないかなと思われます。特に角松さんとの共作がその後の方向性を決定づけたたと思われる点も、重要な意味を持っていると考えられます。
歌詞から読み解く”女性の孤独”
恋が終わる瞬間のどうしようもなさ
歌い出しはこのような歌詞から始まります。
I Can’t Stop The Loneliness.
こらえ切れず
悲しみがとまらない
引用元:Uta-Net(こちら)
このフレーズから、すでにこの楽曲はただのラブソングではない事が分かります。これは愛されているようで、愛されていないという揺れ動く心を描いた一節です。悲しみがとまらないという歌詞から始まる事で”せつなくなる”という心理的な距離感の遠さが、心と身体の乖離を鋭く浮かび上がらせているのではないでしょうか。
「悲しみがとまらない」のフレーズが持つ強さ
サビで何度も繰り返される「悲しみがとまらない」というフレーズは、非常にシンプルであるがゆえに圧倒的なリアリティを持っています。この繰り返しは、悲しみに支配された心情を象徴し、まるで呪文のように聴く者の心を支配します。
ここには「なんとかしよう」「立ち直ろう」といったポジティブな意志は一切なく、ただひたすら感情に飲み込まれる女性の姿が描かれています。この徹底的な”感情の肯定”が、聴き手にとって救いでもあり、共感を呼ぶのではないでしょうか。
音楽的アプローチとアレンジ
洗練されたシティポップ・サウンド
イントロの印象的なピアノと軽快なリズムセクションは、まさに80年代の”シティポップ”を象徴するサウンドです。ドラムとベースはタイトにまとめられ、ストリングスの光沢ある音色が都会的な雰囲気を醸し出しています。
角松敏生さんらしいリズム感と音の選び方が、悲しい歌詞とは裏腹にダンサブルな印象を与えているのもこの曲の魅力です。
杏里さんの歌声の持つ力
杏里さんのボーカルは、決して感情を爆発させるようなタイプではありません。むしろ、どこか淡々とした語り口で進行します。しかしその静けさのなかに、深い悲しみと諦めが滲み出ていることに気づかされます。
声を張らずとも感情が伝わるというのは、シンガーとしての力量であり、またこの楽曲の持つ”都会的な寂しさ”というテーマに、見事にフィットしています。
現代における再評価と影響
若い世代に再発見される名曲
近年、シティポップブームの再燃によって、「悲しみがとまらない」も再び注目を集めています。YouTubeやSpotifyなどのストリーミングサービスを通して、当時を知らない若い世代がこの楽曲に出会い、心を打たれているという現象が起きています。
彼らにとってこの曲は、レトロでありながらも新しく、何よりも「自分の感情を代弁してくれている」ような楽曲として映っているかもしれません。
カバーやサンプリングによる継承
この曲は多くのアーティストにカバーされており、特にDEENさんによるカバーは原曲をリスペクトして作られた好例だと思います。
原曲のメロディや歌詞の強度があるからこそ、様々なジャンルでも新たな命を吹き込む事が出来ているのではないでしょうか。
おわりに:永遠にとまらない”悲しみ”の美しさ
「悲しみがとまらない」というタイトルは、単なるラブソングの枠を超えて、人間の深層にある孤独や不安、寄る辺なさを見事に表現した言葉です。
この楽曲が40年経った今でも響き続けるのは、その”悲しみ”が一過性の感情ではなく、誰しもが抱える”人生の一部”として表現されているからではないでしょうか。
杏里さんの透明な声と角松敏生さんの洗練されたサウンドへのアプローチ、そして康珍化さんの言葉が一体となったこの名曲は、これからも時代や世代を超えて、心の深い場所で共鳴し続けると思います。

音文学管理人。TSUJIMOTO FAMILY GROUP主宰。トラックメイカーでもありながら、音文学にて文学的に音楽を分析している。年間数万分を音楽鑑賞に費やし、生粋の音楽好きである。また、辻本恭介名義で小説を執筆しており処女作「私が愛した人は秘密に満ちていました。」大反響を呼び、TSUJIMOTO FAMILY GROUPの前身団体とも言えるスタジオ辻本を旗揚げするまでに至っている。




