【ライナーノーツ】原口沙輔「イガク」に込められた葛藤と希望──生命と音楽をめぐる物語
皆さんこんにちは。音文学管理人の池ちゃんです。今回は一時期ヘビロテしていた原口沙輔さんの代表曲ともいえる「イガク」について、深堀りをしていこうと思います。この曲は非常に中毒性が高く、何度も聞いてしまうんですよね。それではどうぞ。
ちなみに前回はZakkuさんの代表曲「Matcha Love」について解説しておりますので、よろしければ併せてご覧ください。記事はこちらから。
目次
序文
原口沙輔さんの代表曲のひとつである「イガク」は、そのタイトルからもわかる通り、医学を意味しています。ですが、歌詞の意味というよりは音遊びをしているといった方があっているかもしれません。医学と人生の交差点をテーマに据えた楽曲とも捉えられます。
イガクという堅牢な領域に触れながらも、決して冷徹な科学の歌ではなく、人間の生きる苦しみや希望をディストピア的に丁寧に書き出していると思います。本稿では、この楽曲がもつ音楽的・思想的背景を掘り下げ、原口沙輔が「イガク」を通じて私たちに伝えようとしたメッセージをライナーノーツとして綴っていきます。
「イガク」というタイトルが示す意味
医学と人生のはざまで
「イガク」という一語には、医学そのものを指すと同時に、医療に関わる人間の営み全体が込められています。医学は病を治すための学問ですが、それは同時に「人間の限界」に直面せざるを得ない学問でもあります。病気を完全に消し去ることはできず、苦痛や死といった避けられない現実に向き合わなければならない。原口沙輔さんは、この矛盾や葛藤を楽曲の出発点に据えているのではないでしょうか。
「イガク」と「音楽」の響き合い
さらに注目すべきは、タイトルが「医学」だけでなく「音楽」とも響きあっている点です。どちらも「人生を生かす力」を持ちながら、アプローチは全く異なります。医学は身体に、音楽は心に作用します。この二重の意味が「イガク」という言葉に込められ、楽曲全体のテーマを鮮やかに浮かび上がらせていると考えられます。
サウンドから感じる生命のリズム
静と動を行き来するアレンジ
「イガク」のサウンドは、静かな不況和音とも捉えられるコードのリバースから始まり、やがて力強くタイトなダンスミュージックへと展開していきます。このアレンジの移り変わり、及びタイトなリズムの刻み方は、まるで心電図の波形かのように生命のリズムを可視化しているようにも感じられます。静寂は死や不安を、爆発的な盛り上がりは生への衝動を象徴し、リスナーの人々に強烈な印象を与えています。
不協和音と解決のドラマ
途中で挿入される不協和音──サビ前の静寂部分は病や苦しみの存在を象徴しているとも捉えることができます。しかし、それが次第に解決へと向かい、旋律が解放感をもって広がっていく様子は「治癒」や「希望」をイメージさせます。原口沙輔さんは、単なるポップソングの枠を超え、音楽的な構造そのものに生命の物語を織り込んでいるような気もするわけですね。
歌詞に込められたメッセージ
”病”を抱えた人へのまなざし
何処にも無いから寝ていたら
壊れて泣いてるユメを診たんだよ
次期には嘘に診えてクルゥ
引用元:UtaTen(こちら)
こちら歌詞の一部ですが、普段ふと思う「思考の病」に直面する人間の苦悩や孤独が描かれています。しかし、それを決して絶望とは捉えずに曲が「寄り添う」というか、決してそれが珍しいことではないことを表現しようとしていると考えられます。見方を変えれば、同じ目線に立って苦しみを共にしようとする視線がある気がしています。
この目線はまさに医師が患者に向ける眼差しであり、同時に音楽家がリスナーに向ける眼差しであるともいえる。非常に興味深い歌詞の連続であるといえます。
希望を探し続ける意志
「イガク」がただ暗い歌にならない理由は、そこに希望や現状を変えたいという強いエネルギーが込められているからです。
ドクター・キドリです
全部辞めろよ
アティチュードが
感動物に届く猛毒
損得の得の方ダケ
回った割った割った
引用元:UtaTen(こちら)
この歌詞からもわかる通り、ネガティブな要素も含まれています。すなわちこれは、人間の苦悩や孤独が描かれているともとれます。しかし同時に、そこには「寄り添う視線」というものも一貫して存在しているような気もします。「損得の得の方ダケ」というのは、現代社会の暗黙のルールのような気もしますし、人間のエゴを写そうとしているのも見て取れます。
希望を探し続ける意志
「イガク」がただの暗い歌にならない理由は、そこに希望を探し続ける意志が込められているからとも捉えられます。たとえ病を完全に治せなくても、共に生きることができる。たとえ死が避けられなくても、今日を生きる意味を見つけられる。そういった前向きな姿勢を婉曲に表現しているとも言える訳です。
「イガク」が持つ普遍性
すべての人へのメッセージ
「イガク」という言葉から推測するにして、医療現場に向けた楽曲のようにファーストインプレッションは感じるかもしれませんが、この楽曲は医療の現場にいない人々にとっても強い共感を呼び起こすと思います。誰しもが病や死から逃れることはできず、誰しもが大切な人を失う経験をするからです。この歌は「あなたの苦しみは孤独ではない」というある意味普遍的なメッセージをこれまた婉曲に表現しているとも捉えられます。
結論:音楽としての「治療」
「イガク」は、医学と音楽という二つの営みを結び付けることで、人間の生と死に迫った楽曲だと言えます。医学が身体を癒すなら、音楽は心を癒す。そして原口沙輔さんはその両方を見つめながら、「生きる事の意味」を私たちに問いかけています。ライナーノーツを締めくくるにあたり、この歌が持つ最大の価値は「聴くことそのものが治療になる」という点だと断言できるでしょう。

音文学管理人。TSUJIMOTO FAMILY GROUP主宰。トラックメイカーでもありながら、音文学にて文学的に音楽を分析している。年間数万分を音楽鑑賞に費やし、生粋の音楽好きである。また、辻本恭介名義で小説を執筆しており処女作「私が愛した人は秘密に満ちていました。」大反響を呼び、TSUJIMOTO FAMILY GROUPの前身団体とも言えるスタジオ辻本を旗揚げするまでに至っている。




